甲知鉄道工作日誌 その3

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’16.03.18〜

一番下(’16.03.18)へ。

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’24.06.06(木
 ユとニのインレタを貼りつけ、クリアーを吹き付けました。 
’24.06.05(水
 8年ぶりの工作になります。レタリングをしました。ニフとユニ。
 え、ユニ?郵便だけじゃだめじゃん!!明日、修正します。 
’20.03.01(日)
 久しぶりに展示台から取り出したこのタイミングで、ハフ3に「座席」を取り付けました。実物が薄い緑系の「モケット」だったので、緑の画用紙を使った緑の画用紙を使った物をのり付けしました。
 窓越しに見ても、「良いんじゃない!」ですね。 
’19.06.27(木)
 車輪に集電ブラシを付けて、屋根裏には、プラ棒の端にLEDで、夕庵式室内灯点灯化。
 荷物室内が、白なので、明るく見えます。一工夫いるかも。
 レタリングは、右書きで「車掌」「荷物」を。でも、すれてしまった上に、クリアラッカーで溶けかかってしまいました。
 ま、これで「甲知鉄道 ハフ3」として一応完成です。
’19.06.23(日)
 運転会で長尾地鉄さんに手渡すと、「なんだこれは?」と、払います。ルーフィングサンドの粉が落ち着いていなかったのです。
 で、帰宅後にマスキングして,塗装しました。ちなみに、昨日のマスキングテープは「ニチバン」、今日のは「マスキングテープ」で、近年とみに有名になった「カモイ」製です。
 で、一応は落ち着いたように見えるのですが、砂粒の間に結構,地肌が透けて見えます。
 完成は、も少し先になるかな。
’19.06.22(土)
 屋根やデッキを塗装するためにマスキングして、黒を吹き付けました。そのまま、ルーフィングサンドの工作をすれば良かったが、マスキングを外して、手すりに白塗装。
 後は、泥縄です。ルーフィングサンドの剥げもあるし。も一度塗装するためには、またマスキングしなければいけない。
 その前に、荷物室妻板にブレーキハンドルを取り付けました。 
’19.06.20(木)
 結局車体は「ブドウ色1号」を塗りました。荷物室内には、白を筆塗り。マスキングして、改めて窓回りなどにタッチアップ。
 下回りを組み立てました。ワッシャは4枚入れて元の高さかなと思います。ネジは長いので留めて、緩く可動するように瞬間接着剤で固定。
 そのうち、集電も考えなくては。 
’19.06.18(火)
 「百均の茶色が良い」と言う記事を見た覚えが(どこかで)。で、買っていたのですが、実際吹き付けてみると「今一」です。実物は黒ですから、せめてもうちょっと暗めの茶色が似合うかな?
’19.06.15(土)
 2号機、12号機、11号機とギアの入れ換えをしました。
 同じ様なギアシステムですが、DC12はほとんど音がしない。原因は、1モーター、2金属同士のギアシステム。かな?モーターは、DC12が希土モーター、今回の6両は、百円モーター。ギアは、DC12はヘリカルが樹脂製、今回の6両は金属製。
 でもまあ、やりたかったように改造できたので良しとします。ギアは、元の動輪と組み合わせて,中古ジャンクパーツとして再生しました。 
’19.06.14(金)
 ハブ3は4500と一緒に洗浄。
 3号機、1号機、5号機の順番でギアの打ち替えをしました。モジュール0.25のギアです。13:1から36:1になり落ち着いてゆっくり走るようになりました。ウォームホイールも金属製なのでちょっと音が大きいか(それは腕の問題?)。1号機は、ロッドをメッキしましたので仕上がりは最後です。
’19.06.13(木)
 両端のキャンバス押さえを切り出し、半田付けしました。車体の工作は、これでお終い(塗装後のパーツ取り付けは残っているが)。
 下回りは、フカヒレイコライザーにしました。多少可動するために、ホワイトメタルの軸受けパーツと台枠が干渉します。そこで、ちょっと下寄りにホワイトメタルパーツを移動させたのですが、ちょっとかっこわるいようです。下の軸箱守が太すぎるようなので切り落とすか、バネ座の方を曲げるか。ちょっとバネの方を曲げてはいるのですが。
 4日で未塗装完成、良しとしましょう。 
’19.06.12(水)
 下回りを組み立て。屋根は「作り直し」も考えたのですが、「真っ向唐竹割り」をして、1.5mm幅の真鍮板をキットの隅から切り出して半田付けして仕上げました。
 で、窓枠も隅っこから切り出して半田付け。屋根板も取り外しを考えていたのですが、半田付けしました。両端のキャンバス押さえも、幅が狭いので、元のパーツをガイドに切り出します。荷物室の仕切りには3Φプラ棒が通るように切り欠きをつけました。 
’19.06.11(火)
 荷物室の窓枠が、窓と同じ大きさ、あれ?妻板はどう考えても側板分の厚みの逃げがない。そもそも両面抜きのエッチングキットと言えば、40年前の鉄模社の市電(あ〜取り込んで返してくれない)以来か。
 で、凸部に合わせて組み立てたのが間違いのようで、幅広になってしまい屋根板が使えなくなりました。
 コーナーは1mmアングルを使ったので引っぺがすのも何だし。縁のパーツも使えなくなりました。 
’19.06.10(月)
 ストレスフリー(切った貼ったなどの工作をしなくても良い)工作がしたくなって、昨年春に購入していた、「加悦のハブ3」の製作を開始しました。
 車体の幅が「あれ〜?」、そしてやっぱり、荷物ドアの上のレールカバーの折り曲げ線の位置が違います。
 でも、まあ、今日の工作はここまで。何だか、下回りはイコライザー化できそうで、やっぱり切った貼ったと弄くるのでしょうね。 
’19.01.09(水)
 キハ101が、昨日、また、接触不良になりました。室内灯などは点灯しても、モーターが回りません。
 ブラシ部分を半田付けし、切片と基板回路ともリード線を半田付けしました。
 動くようになりました。 
’19.01.06(日)
 キハ101もそうですが、このレカ1も、モーターと基板の接点は、折り曲げて接触しているだけです。
 どうも、いけません。また(その前の記事がない!)、集電不良になってしまいました。
 圧がかかるように折り曲げ角度を変え、また自重を増やすために座席の下に鉛板を貼り付けました。
’18.12.31(月)
 きっと将来、「え?」と思いそうなのですが、長いこと甲知鉄道で走っていたB20が、動かなくなりました。ギアが食い込んだようです。で、何年かぶりに分解しようと思ったけどさっぱり分かりませんが、悪戦苦闘した結果何とかなりました。
 文房具屋も久しぶりに覗いてみました。「白」ペンがありました。0.4φです。今までのは0.7φ。クリア塗装の失敗で消えかけていた「レカ1」の上書きをしました。薄くなった目には、結構上手く言ったと思えます。 
’17.12.27(水)
 甲知鉄道ホハ12の室内が、がらんどうでしたので、座席を取り付け、乗客を乗せました。
 窓割りの通りに座席を取り付けますと、狭くなりすぎますので、ちょっとずらして座席を取り付け、人形を乗せました。
’17.09.10(日)
 虹会ダイヤ運転会に「動輪自作」の見本として、2号機を持って行きましたら、ショートして動きません。
 工具を持って行っていなかったので、帰ってから、調整しましたら、集電ブラシの位置が下がっていて、絶縁部分を乗り越して当たっていたのでした。修正後、無事、走行しました。  
’16.10.22(土)
  ホハ12の点灯化もします。プラ製台車ですので、枕梁に0.5φ穴を開けて0.25燐青銅線をT時に曲げて埋め込みます。鉄板の重りは車体中央にします。重りの横には隙間がありますので、同線はそこを通します。1つだけ板の貼られた窓がありますので、その部分に電線を通します。Wルーフのモニター部分にプラ棒をゴム糊で貼り付けて、「夕庵方式」で点灯化。モニターも明るいですが、室内も結構明るくなっています。
 ストックが無くなったので、また座席を作らねば。
’16.10.22(土)
 レカ1のヘッドライトは、銀河模型のNゲージ用、1φの穴を開けます。チップLEDと光学繊維の組み合わせ。室内灯は、夕庵方式」。
 ばっちり点灯してレイアウトを走りましたが、点灯中の写真は撮っていませんでした。 
’16.10.19(水)
 昨日形になった3両にレタリングをします。貨車は「キ」にすると、機関車の負担が大きいと重い、「ラ」にしました。「ホラ」とくれば800ですよね。
 客車は「ホハ」番号は適当に12。窓セルを取り付け、車輪は将来の点灯化用に9.5φのピポットを調達しました。これは小物作りで。
 レカのレタリングをして、クリアラッカーを塗って、「危ないよな」と思いながら車体を持つと、案の定レタリングの上に塗料が回ってしまいました。タッチアップしたけど、ちょっと汚くなってしまいました。 
’16.10.18(火)
 運転席を取り付けて、座席もバルサから作っていたパーツを適当に切り貼りして取り付けました。
 エンジン関係もちょっと色づけを工夫してみました。
 後は、ヘッドライトと室内灯の取り付けです。アイデアは有ります。近々形になります(っていつの事やら)。 
’16.10.18(火)
 レカもパーツも含めて塗装します。スロットルなどは、思っていた色とはちょっと違いましたが、それも良し。
 仕切り板の上は屋根板の関係で切り落としました。
’16.10.18(火)
 これらの車両も塗装しました。「ワキ」では重すぎるのでホワムぐらいが適当かなと思います。
 客車は、2色塗りも考えたのですが、2軸の方が単色なので、茶色一色で塗りました。後は窓セルと、室内照明、それと座席ですね。最低限、車輪を交換しなくてはいけません。
’16.10.17(月)
 レカ1の下回りに黒を再度吹き付けました。
 屋根には濃いグレーを。向こうは、キハ55の床下です。詳しいことは書きません。
 車体に、グリーンMAXの茶を吹きましたが、途中で瓶を倒してしまって、半分以上無駄にしました。 
’16.10.14(金)
 屋根にはルーフィングサンドを撒いて。車体には、プライマーを吹き付けます。
 夕方には、早、下回りの黒を吹き付けました。いらっちじゃなあ。
’16.10.13(木)
 そう言えば、これも途中で放置していました。
 屋根板には、もう一度サフェーサーを吹き付けました。その他は、ご覧のように分解して、「サンポール希釈液」に漬けます。
 しばらくして見ますと、泡が出ているではありませんか。なんと。ダイキャストのブレーキシューのメッキに反応しているようでした。
 で、早めに引き上げて水洗いをしました。 
’16.09.29(木)
 レカ1の屋根に,2度目のパテ塗り。忘れていた手すりを半田付け。
 で、カプラーを取った「ワ12」にお返しにブレーキシューを取り付けましたが、3点支持化もまだですし、「国鉄ワ12000」がプロトタイプと思いますが、「シュー式」軸受けですし、また、工作することがあるでしょう。 
’16.09.27(火)
 朝一でサフェーサーも吹き付けて、整形しましたが、やっぱり、バルサは、1回では無理なようです。も一度パテで修正しますが、どうやらまた天気は下り坂のようです。
’16.09.26(月)
 カプラーはダミーかとも思っていたのですが、展示してある車両(ストックにはもうない)から引っぺがしたKD-8のケースを削って取り付けました。
 これで完成と思ったら、手すりを取り付けていませんでした。屋根のパテも削っていないし。
 ヘッドライトや室内灯は、塗装してから取り付けるつもりです。相手(屋根板)がバルサなので、少し埋め込むように作ろうかなと思っています。 
 3日で、ここまでできると「すかっ」とします。
’16.09.26(月)
 屋根は、車体を裏返して5tバルサ材の上に置き、写し取ります。それなりに削ったりヤスったりして形にしてから、車体に雨樋を半田付けしました。
 「パチン」とはまり込むようにしてから、ベンチレーターの取り付け穴を開けて、パテを塗ります。そろそろ、日が差してきました(もう、西に傾いているよ)。
’16.09.26(月)
 下回りを組み立てました。何と言ってもタイトな設計のため、工作に時間がかかりました。最後は、モーターとケースの間に、絶縁のテープを貼って解決しました。1軸電動にしては良く動くし、説明図を見ると、’94年の製品らしいです。それでも、タイヤの裏側にシューを当てて集電するなど、今見ても、感心する設計です。
 次に、運転席とバケットを組み立てました。運転席はそれなりでしたが、バケットは「説明図がない」ために、結構苦労しました。一部、切ってはいけにところも切ってしまいましたが、最後は「何だ」と思えるぐらい組立のことを考えた設計だったことに気付きました。 
’16.09.25(日)
 ひとつ見つからないパーツを、切り出します。残っているパーツを採寸して、切り出して、折り曲げました。折り曲げは、手持ちの万力ではチャンネル状にならないので、あちこちでひねったり、叩いたりしました。
 排障器や軸受をハンダ付けしました。細い手すりかと思ったパーツは、3点支持のための支点でした。 このあと、水洗いをしました。
’16.09.24(土)
 突然取り出した、篠山鉄道レカ1。今は亡きフクシマの製品で、2002大阪鉄模連ショウ限定品です。ジャンクです。まず、箱から出して記念撮影。上回りの説明書はありません。
 ぺたぺたと半田付けして、あっという間に箱になりました。これだから、真鍮は作り出したら早い。
 しかし、有ったはずのカプラー台が1つ見えませんし、屋根板以外は全部有ると言われたのを思い出しました。と言うことは、屋根板は「木」を削って作らなければいけないのね(真鍮からたたき出す気は毛頭ありません)。「あちゃ。」です。  
’16.08.13(土)
 戸当たりのところと、引き戸に手すりを、0.4φ真鍮線を折り曲げて取り付けました。
 塗装は涼しくなってからしましょう。 
’16.08.12(金)
 平野氏の記事と共に阿部氏の「ワフ11」も参考に、戸車が戸板の内側にある物としました。
 エバーグリーンのプラの積み重ねです。戸当たり(?)には、手すりを付けるつもりです。で、失敗したのは、引き戸の向きが全く平野氏の貨車と同じになってしまったことです。国鉄型を始め、この手の引き戸は右側に開く物の方が多いのです。そうしようと思っていましたが、接着してみますと反対でした。 
’16.08.09(火)
 元はと言うと、アサーンの3個1セットです。「だるまさん」を作るためのセットで、かれこれ35年は超しているかも。
 「余りにもったいない」との思いから、お蔵入りしていたのですが、先日来、工作台の上へ。TMSの平野氏の「北炭鉄道風の貨車」に似ているなと言うことで、扉のモールドを削り取りました。
 客車は、そのまま組み立てました。貨車の扉を作り直して、塗装します。 
’16.07.29(金)
 キハ431に座席と運転席の仕切りを取り付け、上回りの配線を運転席の仕切りに貼り付けて目立たなくしました。
 今まで、太い電線が見えていた所に、何も見えなくなりましたし、座席が付いたので、そのうち人形も乗せましょう。 
’16.07.28(木)
 キハ431ですが、パワートラックに使っていた電線は、それなりの物でした。そこで、先日入手した超柔軟導線で配線をし直します。
 車体との配線も、外から見えないように運転室の後板を使って配線し直すつもりです。超柔軟同線は使いませんが、それなりに細い電線を使うつもりです。 
’16.04.24(日)
 ビフォアーアフターの写真を印刷していましたら、11号と12号の煙室戸が入れ替わっていることに気付きました。
 そこで、入れ替えましたが、同時に「逆走時にヘッドライトが点滅する」事を解消するために、そこら辺に多量にあったダイオードを1つ直列に入れてれみました。多少は軽減したようですが、相変わらず、チカチカとします。詳しい人、手取り足取り教えてください。
’16.04.06(水)
 季候が良くなったのですね。1日で、ビニルエマルジョンはほとんど乾きました。
 そこで、黒を塗りました。これで、完成です。車両工場にも登録し直します。 
’16.04.05(火)
 11,12号機のテンダー下は、こうなります。機炭間の配線がちょっと目立つかも。
 テンダーに石炭を乗せます。1〜3号機は、ゴム糊で直接貼り付けましたが、3号機はプレスで曲げた部分があって「垂れ」ましたので、増炭覆をつけました。
 11,12号機は、ラップを敷いてからいつものテンダーの石炭状態にします。
’16.04.04(月)
 11号機のICソケットを1つ切り落としました。せっかくテンダーがあるのだから、そこからも集電しようと新にICソケットを後に出します。
 12号機は、ヘッドライトのLEDが跳んだらしく、付け直しました。
 ナンバープレートなどを付け、テンダーライト用のLEDに配線をしてお終いです。中途半端なのですが、あれこれあって今日はこれでお終いです。 
’16.04.03(日)
 2号機、3号機と組み立てていきます。社紋も貼りました。
 窓には窓セルを貼り付けます。モーターも黒に塗装します。集電は、以前に修正していた、「動輪裏集電」が使えましたので、多少曲げなどを修正してそのまま使います。
 途中経過は、11号機で。前後のヘッドライトは、ICソケットで通電させます。11,2号機には2つも要らないんだ。
’16.04.02(土)
 ちょっとコードが目立ちますが、ままよ。後側も、このように。配線がのたうち回っているのは、目立たなくしなければいけませんね。
 一応、1号機の完成(窓セルがまだ)ですが、横のナンバープレートをキットのようではなく、キャブ窓下に変えました。この下に「社紋」も貼る予定です。 
’16.04.02(土)
 明日もまた雨模様なので、塗装しました。生乾きのようですが、塗り重ねて、とにかく仕上げました。
 ヘッドライト点灯化のために煙室戸の裏側に抵抗を半田付けしますと、ものの見事に「塗装」が剥がれました。後でタッチアップです。
 ヘッドライトは、エコーのパーツの中に、白色1608LEDを入れます。発光面はクリアオレンジを塗ります。 
’16.03.31(木)
 プライマーを吹き付けます。「網」が塗料でずいぶん太くなりました。それはさておき、この後、台枠やテンダー等にもプライマーを吹き付けました。
 明日にでも塗装をしたいのですが、雨の予報です。ちょっと延期かな?
 高周波洗浄装置を使ってエアーブラシの掃除もしました。
’16.03.28(月)
 上回りは大体乾燥しているようなので、安全弁と汽笛に「マスキングゾル」を塗りました。これも乾燥させます。
’16.03.27(日)
 テンダーの後にもライトを付けるつもりで、配線用の穴明けをします。炭庫底板も大きめに切り落とします。基板を取り付けて集電、ライトと本体への配線をするつもりです。
 5両全部を「サンポール」洗いました。その間に、動輪に黒を塗りました(と言っても、4両は黒メッキ車輪ですが)。ピストン棒などは、「磨くと」ではなく、アルミの銀で塗ってしまいました。でも、その方が雰囲気が同じになりますので。
’16.03.27(日)
 もうそろそろ仕上げです。エコーのヘッドライトの中身をリューター(初めの2こは手作業)で削ってチップLED点灯化の準備をします。
 ツボミのタンクの炭庫の底板を忘れていましたので半田付けしました。
 3号機の屋根が傾いているよなと思っていたのですが、屋根の半田を外してみて「やっぱり。」前妻が0.5mmほど高くずれていますので、糸鋸で切り落として修正しました。
’16.03.27(日)
 切り抜いた円盤を2mmネジを切った丸棒に固定します。結構厚みがあって2つに分けました。そのままでは、やっぱり引っ掛かってだめなので半田付けしました。で、旋盤で約9.5mmφに削りました。
 で、最大幅2mmに切り落とします。昨日作成した動輪にはめますと、ぴったりです。
 次々と、4両分を切り出し、貼り付けていきました。
’16.03.26(土)
 写真には3両分しか写っていませんが、スポーク動輪のパーツに取り替えた「1号機」以外の4両全ての動輪を取り替えることができました。「量産」しなかったので、同じ工作の連続にはならず、飽きずにフィニッシュできました。
 しかし、「パーツよりもクランク半径の小さい、しかもクランクピンが垂直に立っている動輪ができているってどうよ?」てな世界が現れてきていて「クランクピンと半径で悩まされた古典機は……」と言うことも頭をよぎるのでした。
 バランスウェイトは、10.5φ動輪に9φの円盤を作るようになっていたので、10φの円盤を作りましたが、それではタイヤに当たるようなので、もう少し小振りに作ります。まずは、0.5t真鍮板からドーナッツを切り出します。 
’16.03.26(土)
 ギア付き動輪のギアは余分がありませんので、元の「ツボミ」の動輪から抜いて打ち込みます。
 その後に「クォータラー」を使ってクランクを固定します。「傷を入れて通電するよう」に記事通りにしました。
 さて、バラした動輪はやっぱり「クォータラー」を使って、元通りに組み立てました。それがどうしたと言うことですが。
 まとめてパーツを「量産して」と言うことはせずに、少しずつ作っていきました。 
’16.03.26(土)
 クランクの追加分は、間隔を大きくして作成しました(1つ紛失、2こ幅が狭くて不良品でしたので多めに)。
 まずは、瞬間接着剤を使いますので絶縁側から取り付けます。今野さんの記事では「簡易法」がありますが、「クォータラー」を持っていますのでこれを使って位置を決めます。
’16.03.24(木)
 さて、いよいよ、禁断の動輪作成です。日光の車輪を使うとガタがあります。そこで、5φ真鍮棒からワッシャ状の物を削り出しました。ツボミ用と宮沢用とでは、厚みが違います。適当に作って、同じぐらいな物(目盛りなんか見ていない!)をはめ込みます。
 クランクは、今野さんの記事通り「治具」を作りました。最初は、なくても良いだろうと思ったのですが、卦書きの中心にポンチが打てていない自分の腕を再認識して、治具を活用しました。また、パーツの間隔がすごく狭かったです。その上15個しかない。16個必要なのです。
’16.03.24(木)
 まずは、残り4両のシリンダーブロックの下側に0.5φ線でドレインコックを作ります。アンチのブロックには瞬間接着剤で取り付け、真鍮線同士は半田付けしました。
 11,12号のテンダーにハンドブレーキレバーを取り付けます。縦は0.5φ線、ハンドルは0.3φ線。取り付けは0.8φぐらいの甲丸線の割ピン(何かのキットの残り物)を縦線に合わせて曲げ直しました。
 これは、半田で組み立てました。 
’16.03.23(水)
 3号機以外の煙室上部に切り込みを入れます。これは、ヘッドライト点灯化の配線用です。 ヘッドライトは、エコーの100Wの中身をザグってチップLED点灯化します。
 アンチ製とは言え、シリンダーブロックの下に、ドレインコックを取り付けます。まずは1号機のみですが、0.5φ真鍮製で、半田と瞬間接着剤を使って取り付けました。
’16.03.23(水)
 テンダーの修正をします。炭水車には必ずあるはずの給水蓋は5φ真鍮棒から削り出しました。オリジナルの斜めの炭庫のままですとB6のようで良いのでしょうが、石炭を盛りつける時に不便かなとも思い、炭庫下(?)板も切り出しました。給水蓋はここに半田付けします。←が、オリジナルと、板を半田付けした状態。
 →は、後部にハシゴを取り付けた様子です。「北谷鉄道」さん(TMS掲載)のBテンダーには立派なハシゴが取り付けられていますが、プレスのハシゴを短めに取り付けました。 
’16.03.23(水)
 連結器解放梃受けを1×0.3真鍮帯板から作りました、ええ、ちまちまと。
 機関車の前側←、後側→の様になりました。
 カプラ取り付け穴が妙に横広なのは元のキットのせい。妙に穴がえぐれているのは、適当にKDカプラが入るようにヤスリがけしたせいです。ぴったりにすると、特に前側に6番を使っているのですんなりとは入らなくなります。
 課題が残りました。 
’16.03.22(火)
 2号機のナンバープレートがサイドタンクの中央に着いているって、アンバランスだなあと思って眺めますと、12号機以外は、その部分に半田付け用の穴が空いています。こりゃいかんと言うことで、半田だけで穴を塞ぎました。これ以上ここに半田鏝を当てることはないと思いますので、これで良しとします。多少の凹みはパテで済ませるかなあ。
’16.03.21(月)
 1〜3号機はキャブの下に、11,12号機はテンダーの前側にステップを取り付けました。
 さて、ブレーキシリンダーですが、エア化するつもりはありませんし、小編成の地方鉄道で、「真空ブレーキ」もなかろうと思うのです。有って蒸気ブレーキと、ハンドブレーキかな。ハンドブレーキの梃は、ウォームギアがあるために付けにくいので「省略」と言うことになりそうです。
 解放梃はまだ悩んでいますが、片持ち式(?)で、手を打ちかけています。
’16.03.20(日)
 11,12号機も1〜3号機と同様にします。テンダーの手すりは、オリジナルの位置に0.4φ線を取り付けました。
 フロントデッキの手すりは、オークションで入手した「カトー(?)EF58」用かなと思う部品です。すごく細いです。でも、手持ちのパーツはこれだけですし、新しく発注すると「暇」がかかりますので有るもので間に合わせました。 
 手持ちのパーツの中から5両分、同じ物を調達することは、結構探している時間が長くて、ある意味パーツ入れの整理がかなりできました。
’16.03.20(日)
 お彼岸の中日でありますので、思ったほど工作に集中できませんでした。と言いながらも結構進みました。
 場当たり的に、まずは3号機に手すりと発電機を取り付けました。
 次が11,12号機の工作で、最後がフロントデッキの手すりですが、1,2号機のフロントの写真を。
 カプラー解放梃は、両持ち式(?)にしたいのですが、パーツ点数が多くなりすぎるので、やっぱり片持ち式(?)かと悩んでいます。
’16.03.19(土)
 ディテールアップのために、下回りも分解しました。それぞれに袋に入れましたが、結構時間がかかりました。
 1号機から、順番にディテールアップです。まず、煙室部分の手すりをハンドレールノブで支持します。キャブ出入り口の手すりもですが、0.4φ線にします。炭庫の下にも手すりを取り付けました。
 発電機ですが、汽笛の横に縦置きにしてストックしてあった(?)「挽き物」を半田付けしました。「雰囲気の統一」をします。
’16.03.18(金)
 水洗いをして、隅を掃除し、流しっぱなしの半田をキサゲます。
 手すりは、真鍮線を曲げただけなのもありますので、全て取り外しました。「オールメッキ」の宮沢製3号機も手すりを取り外します。
 多少のデティールアップをしていきます。目指すのは、TMSに連載された「今野さんのBタンク」です。エアー化はしないつもりですが、ヘッドライトを前後に付けると、発電機ぐらいは要るかなあと思っています。 
’16.03.18(金)
 昨年書いていたBタンクの修正です。1号機は、全て塗装。2号機は下回りはメッキと言うことで、塗装部分を分解して「剥離剤」を塗ります。
 11号、12号も下回りはメッキです。上回りだけならと言うことで、合わせて塗料を剥離します。
 剥離剤は、ホームセンターにあったこれ。筆でグニュグニュと塗りますと、そのうちに塗料が浮いてきます。
甲知鉄道工作日誌その3